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岐阜地方裁判所大垣支部 昭和24年(ワ)52号 判決

原告 村上はつの 外一名

被告 神野清次郎 外二名

一、主  文

被告神野清次郎は原告等に対し金十五万八千四百六十円と引換えに別紙<省略>目録記載の家屋を明渡さなければならない。

其の余の原告等の請求は之を棄却する。

訴訟費用は之を五分し、其の一を原告等の負担とし、其の余を被告神野清次郎の負担とする。

二、事  実

原告等訴訟代理人は「被告等は原告等に対し別紙目録記載の家屋を明渡さなければならない。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決並びに担保を条件とする仮執行の宣言を求め、其の請求の原因として「原告等は昭和十九年七月頃被告神野清次郎に対し原告等共有に係る別紙目録記載の家屋(以下本件家屋と略称する。)を賃貸した。本件家屋はもと原告村上が精米所として之を使用していたが、企業整備により右精米業を休業していたところ、たまたま名古屋市に居住し指物業を営んでいた被告神野清次郎一家が強制疎開に遭い其の居住家屋を失い訴外瀬古徳松を介して原告等に対し本件家屋を一時的使用の目的で賃借し度い旨の申入があつたので、原告等は強制疎開に遭つた被告神野一家の立場に同情し、且当時戦争に協力しなければならないという国民的感情からして被告神野清次郎に対し本件家屋を賃料一ケ月金十二円という僅少な額にて賃貸した。而して原告等及び被告神野清次郎間に於て右賃貸借契約の期間について明示的な約定は無かつたが、前述の如く被告神野清次郎に於ても戦争終了迄という一時凌ぎの疎開の目的で本件家屋の賃借を申出でたのであり、原告等に於ても同じ気持で賃貸したのであるから、右賃貸借契約は戦争終了迄という期限付の一時的使用目的のものであつたというべきである。然るに被告神野清次郎は戦争が終了するも本件家屋を明渡さない。仮に右賃貸借契約は期限の定めがないとするも、被告神野清次郎は昭和二十一年十二月頃名古屋市東区小川町六十番地に於て一軒を借受け指物業を営んでいるから、本件家屋の必要性は無くなつたのに反し、原告村上はもと本件家屋に於て精米業を営み其の収入によつて生活していたものであつて、今や精米業を再開しなければ其の生計を維持することが出来なくなつたので、原告寺村の次男庄吉と共同で精米業再開の計画を立て之が遂行上本件家屋を必要とする為、原告寺村は昭和二十四年二月二十八日名古屋市東区小川町被告神野清次郎宅に於て同被告に対し原告等が右賃貸借契約解約の申入を為す旨告げた。よつて右賃貸借契約は其の後六ケ月の経過により終了したのにも拘らず被告神野清次郎は本件家屋を明渡さない。よつて原告等は同年五月九日大垣簡易裁判所に対し被告神野清次郎を相手方として本件家屋の明渡請求の調停を申立てたが、被告神野清次郎は後記原状回復の特約を無視して、金六十余万円にて本件家屋に附加した造作等を買取るべき旨請求した為右調停も不調に終つた。尚本件家屋には被告神野清次郎の妻、被告神野とめ及び次男被告神野清治が居住している。よつて原告等は被告等に対し本件家屋の明渡を求める為本訴に及んだ。」と陳述し、被告等の抗弁事実に対し「被告等主張の別紙物件表記載の改造築及び造作等中原告等が承諾を与えたものは、被告等が本件家屋に居住するにつき通常必要なるもの即ち同表記載中の第八座敷杉柾障子八本、第十一西座敷襖(とあるは襖の誤記と認める。)六本、第二十一北側中敷硝子戸四本、第二十四入口土間の上板戸四本、第二十九表の間畳十六畳、第三十裏の間十畳半及び第四十八杉柾鴨居九丁であるにすぎない。仮に然らずとするも原告等が本件家屋を被告神野清次郎に賃貸した際被告神野清次郎は将来本件家屋を明渡す時には、本件家屋に為した造作等一切を撤去した上原状に回復して返還するという特約があつた。仮に然らずとするも被告神野清次郎が疎開による一時的な住居である本件家屋に改造築、造作等を為すのは必要の度を超え贅を尽したものというべく、且本件家屋の現在の価格は約二十万円程度のものにすぎないのにも拘らず、原告等は右造作等を被告等主張の代金を以て買取るのでなければ、被告等に対し本件家屋の明渡を求め得ないとすれば、いわば俗言の庇を貸して母屋を取られるの類で被告等の買取請求権の行使は将に信義誠実の原則に反し権利濫用であるから無効である。」と述べた。<立証省略>

被告等訴訟代理人は「原告等の請求は之を棄却する。」との判決を求め、其の答弁として「原告主張事実中、被告神野清次郎が原告等主張の日に本件家屋を賃料一ケ月金十二円にて賃借した事実、本件家屋はもと原告村上が精米所として使用していたが企業整備の為休業していた事実、被告神野清次郎がもと名古屋市に居住し指物業を営んでいたところ強制疎開に遭い其の居住家屋を失つた事実、被告神野清次郎が原告等主張の日に原告寺村から本件家屋の賃貸借契約解約の申入を受けた事実、原告等が其の主張の日に其の主張の如き調停を申立て右調停期日に於て被告神野清次郎が原告等主張の如き買取請求を為した事実、被告等の身分関係及び被告神野とめ、同神野清治の両名が本件家屋に居住している事実はいずれも之を認めるがその余の事実は否認する。被告神野夫婦の長男である訴外神野実が原告等主張の日に原告等主張の名古屋市東区小川町六十番地上の家屋の階下一間(六畳の間)及び階上二間(六畳及び四畳半の間各一間)を借受け其の妻子(二人)と共に居住し、指物業を営み被告神野清治が右神野実方に於て食糧の配給を受けている事実はあるが、被告神野清次郎が右家屋を借受けた事実はない。被告神野夫婦及び長女千代子、三男茂の四人は本件家屋に於て食糧の配給を受け被告神野夫婦の本籍も本件家屋の所在地にあつて被告等は本件家屋を明渡しては移転先に困る事情にある。之に反して原告寺村は岐阜県海津郡西江村大字帆引新田に於て立派な家屋に居住し同村の味噌、醤油等の配給業、煙草小売業及び雑貨商を営み、原告村上は同郡石津村大字太田千百番地に於て八間を有する二階建居宅に居住し原告寺村方へ手伝いに行つて生活しており、原告等はいずれも本件家屋の明渡を受けなくとも生活に困窮する事はない。よつて原告等の本件家屋賃貸借契約解約の申入は正当性を欠くものである。被告神野とめ、同神野清治はいずれも被告神野清次郎の家族の一員にすぎず、本件家屋を独立して占有しているものではない、よつて被告等は原告等の本件家屋の明渡請求には応じ難い。」と陳述し、抗弁として「仮に右解約の申入が正当事由ありとするも本件家屋はもと精米所建物であつた為土間及び土間縁があるだけで到底人が居住することはできなかつたので、被告神野清次郎は昭和十九年三月頃原告等の承諾を得て本件家屋の南半分(土間の部分)を改造して入口、土間、玄関、三畳の間(床、地袋及び大面附)一間及び六畳の間二間(内一間は床、仏間及び地袋附)をこしらえた上同年七月本件家屋を賃借居住し、其の後同年九月頃原告等が本件家屋の北半分(土間の部分)に備え付けてあつた原告等所有の精米機を撤去したので、引続いて原告等の承諾を得て北半分を改造して三畳及び四畳半の間各一間押込附物置(一畳半)並びに仕事場を拵え、更に本件家屋の南側に五坪七合五勺の平屋建物(二畳の間一間、土間、風呂場及び仕事場より成る)、物置小屋及び便所各一棟並びに門を夫々新築し庭を築造した。而して右の如く改造築及び造作等を為した詳細は別紙物件表記載の通りである。尤も右物件表記載中第六玄関地袋二本、第十七座敷地袋二本、第三十三地袋(ケヤキ)一枚、第四十三地袋杉モク板一枚及び庭の改造築造作等は被告等が本件家屋に居住するにつき必要なものとは云い得ないにしても、たまたま同年七月頃原告等より改築中の本件家屋を買受けられ度き旨の申出でをうけたので、被告神野清次郎は之を承諾し本件家屋に永住する心算で右改造築及び造作をしたが、其の後原告等から本件家屋の売却を中止する旨の申入があつた為遂に本件家屋を買受けることができなかつたのであり、又本件家屋の改造築当時即ち昭和十九年より同二十年当時は総ての材料が統制され自由に入手できなかつたので、強制疎開にかかつた名古屋市の家屋の材料を舟で持参し或は手持の材料を使用して右改造築造作等を為したものであるから、右物件表記載の中には上等品に属する物件があつても右の事情からして止むを得ず之を使用したものであるが、之等についても改造築後原告等から承認を得ているから被告神野清次郎は原告等に対し、右物件表記載の改造築造作等一切を時価金七十三万三千三百六十円にて買取る事を請求し、原告等から右代金の支払を受ける迄本件家屋につき留置権を主張する。」と陳述し、原告等の原状回復の特約の主張に対し「仮に本件家屋の賃貸借契約に原告等主張の如き原状回復の特約があつたとしても右特約は借家法第六条の規定に反し無効である。」と述べた。<立証省略>

三、理  由

原告等が昭和十九年七月頃被告神野清次郎に対し本件家屋を賃料一ケ月金十二円にて賃貸した事実は当事者間に争ないところである。先ず原告等は右賃貸借契約は大東亜戦争終了迄という一時的使用の目的のものであると主張するからこの点について判断すると、被告神野一家はもと名古屋市に居住し指物業を営んでいたが強制疎開に遭い其の居住家屋を失つた事実及び原告村上はもと本件家屋に於て精米業を営んでいたが、企業整備の為右精米業を休業していた事実はいずれも当事者間に争なく、之等の事実に証人後藤一吉の証言及び原告本人寺村庄八(第一乃至第三回)、同村上はつの(第一、二回)の各供述を綜合すれば名古屋市に居住し指物業を営んでいた被告神野一家は強制疎開に遭い其の居住家屋を失つたので、昭和十九年三月頃訴外瀬古徳松を介して原告等に対し大東亜戦争の目鼻がつく迄本件家屋を賃借し度い旨懇請した。本件家屋はもと原告村上が精米業を営んでいたが当時は企業整備により右精米業を休業していたので、原告等は被告神野一家に同情して被告神野清次郎に対し本件家屋を大東亜戦争の目鼻がつく迄という約定で賃貸し、家賃についてはその頃食糧配給営団から本件家屋を賃料一ケ月金十円にて賃借し度き旨の申込があつたので、一ケ月金十二円と定めた事実を認めることが出来、右認定に反する証人瀬古徳松(第一、二回)の証言及び被告本人神野清次郎(第一乃至第三回)、同神野とめの各供述はいずれも之を措信し難く成立に争ない乙第一号証と雖も右認定を左右する程のものとは認め得ず、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。

右認定した事実によれば本件家屋の賃貸借契約の期限は大東亜戦争の目鼻がつく迄というのであるが、右賃貸借契約が愈々空襲が激化せんとする時に当つて被告等の疎開の目的の為に締結され且大東亜戦争が敗戦という事実によつて終結した事情に鑑みれば、他に特別の事情の認められない本件においては右賃貸借契約は大東亜戦争終了時を以て其の終期とする特約があつたと解せられるが、然し乍ら斯く解するも之を以て直ちに原告等主張の如く本件賃貸借契約を目して大東亜戦争終了迄という一時的使用の目的のものであると断ずることを得ない。蓋しそもそも一時使用の為の賃貸借契約とは賃貸借の目的や其の動機のみならず、当時の社会情勢等諸般の事情を綜合して該賃貸借契約を短期間内に限り(此の場合該期間は短期の確定期間の場合の外不確定期限の場合でも其の期限が短期間内に到来すべき事の確実な場合でも差支えない。)存続せしむべき相当の理由の存することの明らかな場合をいうと解すべきであるから、本件賃貸借契約締結当時にあつては大東亜戦争の終了は場合によつては何年先になるか又如何なる情勢にて終了するかは全く当事者の予測し得ない情況にあつたから、右賃貸借契約を以てたやすく一時使用の為の賃貸借と断ずることは妥当でないと考えられる。然らば右賃貸借契約は期間の定めなき賃貸借とみるの他なく只右特約の存在は解約の申入の正当事由の有無の判断の一素材として勘案されるべきであろう。依つて右特約の有効なることを前提として被告神野清次郎に対し本件家屋の明渡を求める原告等の第一次的主張は理由がない。

次に原告等が為した右賃貸借契約解約の申入の正当性の有無について考えてみると、原告寺村が昭和二十四年二月二十八日被告神野清次郎に対し口頭にて原告等が右賃貸借契約を解約する旨告げた事は当事者間に争ないところである。よつて本件家屋の明渡を求める原告等側の事情をみると、原告村上がもと本件家屋に於て精米業を営んでいた事、原告等は昭和二十一年末頃から被告神野清次郎に対し本件家屋の明渡方を要請した事及び原告等は昭和二十四年五月九日原告等主張の如き調停を申立てたが、不調に帰した事はいずれも当事者間に争なく、原告等が本件家屋を被告神野清次郎に賃貸した経緯は前段認定の如く原告等は疎開者たる被告神野一家に同情して大東亜戦争終了迄という約定で本件家屋を賃貸したのであり、証人後藤一吉、同安立要三郎、同横田卯吉の各証言に原告本人村上はつの(第一、二回)、同寺村庄八(第一乃至第三回)の各供述並びに検証の結果を綜合すると、原告村上は本件家屋賃貸後無職の為爾来殆んど実弟にあたる農業兼味噌溜等販売業を営む原告寺村方へ手伝いに行き、原告寺村の世話になつて細々と生活しているので、自力で生計を立てる為原告寺村の次男を養子に迎え右養子と共に本件家屋に於て戦前経営していた精米業を再開し併せて菓子販売業をも営む計画を立て、右精米業に必要なる諸機械は既に原告寺村方に用意してあり従つて何時でも右事業を開業しうる状態にある。而して原告村上が居住している自宅は二階建で階下には土間(四畳半位の広さ)、四畳半の間一間並びに三畳の間及び六畳の間各二間があり階上は薪等の物入として使用しているが、右自宅はかなり広いので其の一部を改造して精米業を営む事は不可能ではないにしても往来より中へ入つている関係上場所的には不適当なるに反し、本件家屋は原告村上宅の隣家とはいえ往来に面し遙かに原告村上宅より地の利を得ているので、前記の如く原告等は昭和二十一年末頃から被告神野清次郎に対し自己使用の為に本件家屋の明渡を要請し、続いて調停を申立てたが不調に終つた事実を認めることが出来、右認定を覆えすに足る証拠は他にない。次に被告神野清次郎側の事情をみると被告神野一家はもと名古屋市に居住していたが強制疎開に遭つたので原告等から本件家屋を賃借した事実は当事者間に争ないところであり、証人神野実、同瀬古徳松(第一回)の各証言に被告本人神野清次郎(第一乃至第三回)、同神野とめの各供述並びに検証の結果を綜合すると、本件家屋は六畳の間及び三畳の間各二間に四畳半三畳及び一畳半の間各一間の五間からなり被告神野一家四名が居住し、被告等の本籍及び米穀の配給の籍も本件家屋の所在地にあり(但し被告神野清治の米穀の配給の籍は後記訴外神野実方にある。)、被告神野夫婦の長男である訴外神野実は名古屋市東区小川町六十番地渡辺光造方の階下仕事場一間(六畳の広さ)及び階上二間(六畳及び四畳半各一間)を借受け且三畳の建増を拵らえ妻子二人と共に居住し建具商を営んでおり、仕事が多忙なる時には被告神野清次郎が手伝いに行き月の中約半分位は右神野実方に起居している。被告神野清次郎は戦前は名古屋市に十七、八軒の貸家を所有していたが戦災により其の全部を焼失した事実を認めることが出来右認定を左右するに足る証拠は他にない。右諸事実に徴すれば被告神野一家は強制疎開に遭い其の居住家屋を失い、且其の所有の貸家は全部戦災により焼失しいわば戦争犠牲者ともいうべき不運な一家で誠に同情すべき点はあるが、一方原告村上は今は止むを得ず原告寺村の世話になつているが姉弟とは云えいつ迄も原告寺村の厄介になつている訳には行かず、嘗ての経験を生かして精米業を再開し一日も早く自主独立の生計を営み度い念願や切なる事は推察に難くなく、加之そもそも本件家屋は原告等が被告等一家の窮状に同情して之を被告神野清次郎に賃貸したのであり、戦争が終つた現在原告村上が精米業を営まんとする以上は出来得る限り地の利を得た元の場所である本件家屋に於て之を営み度い希望を持つのも亦当然であるのみならず、戦争が終結してから原告等が本件賃貸借契約解約の申入をなす迄約三年半を経過し、被告等の疎開の為の本件賃貸借は略々其の目的を達したというべく、従つて被告神野清次郎に於て自分一家の利己的な立場を主張することは許されず、被告神野清次郎は名古屋市の神野実宅に於て事実上同人と共同で建具商を営んでいるのであるから、被告神野清次郎が戦後家屋が払底し国民均しく耐乏生活に甘んじている現状に思いを致し、転宅するにつき理想的な家屋を求めるという贅沢な欲望を捨てて真摯に之を物色すれば其の資力からいつて必ずや被告等四人が居住するに足る家屋を求める事は至難の事とは認め難く、仮に被告神野清次郎が資力不充分の為其の移転先を求め得ないとしても、神野実が賃借している名古屋市の家は階下一間階上二間に三畳の建増もある事であるから最悪の場合には被告等四名はどうにか神野実方に同居しうる筈である。然らば本件家屋の明渡を得られないことによつて蒙むる原告等の不利益は明渡を要求される事によつて蒙むる被告等の不利益よりも程度が可成り大であるとみられるから、原告等の本件賃貸借契約解約の申入は正当の事由があるものと解する。よつて本件賃貸借契約は右解約の申入後六ケ月の経過により終了したものといわなければならない。

次に被告等の造作買取請求及び留置権の行使の抗弁につき判断する。被告神野清次郎が被告等主張の別紙物件表記載の改造、造作等を為すについて原告等の承諾を得たか否かの点につき按ずると、証人瀬古徳松(第一、二回但し後記措信しない部分を除く)、同後藤一吉、同安立要三郎、同野村宇吉、同寺村義光の各証言に原告本人村上はつの(第一、二回但し後記措信しない部分を除く)、同寺村庄八(第一乃至第三回但し後記措信しない部分を除く)被告本人神野清次郎(第一乃至第三回但し後記措信しない部分を除く)、同神野とめ(但し後記措信しない部分を除く)の各供述及び検証の結果を綜合すれば、本件家屋はもと土間及び土間縁のみからなつていた精米所建物で人が居住する為には之に改造、造作等を為さねばならなかつたところ、被告神野清次郎が原告等に対し手持の材料にて自ら本件家屋を修理し将来之を明渡す時には原状に復する事を約し本件家屋の賃借方を懇請するので、原告等は被告神野清次郎に対し被告等が居住するに必要な最少限度に於て自ら本件家屋に改造、造作等を為し明渡す時には之を原状に回復する約定で本件家屋を賃貸し、被告等は一時近隣の訴外安立要三郎方の小屋に居住し旁ら本件家屋を被告等が居住するに必要な程度の改造、造作等を為して数ケ月後に本件家屋に移転した。而して被告神野清次郎は本件家屋に移転してから後も更に之に天井を張り或は床の間を拵える等種々の改造、造作等を為すので、原告寺村は昭和十九年十月頃から数回に亘り被告神野清次郎に対し前記約旨に反することを理由に右改造、造作等の禁止方を請求したところ、被告神野清次郎は本件家屋を明渡す時には右造作等一切を撤去して原状に回復する事を固く誓約するので原告等は止むを得ず之を承諾した。又被告神野清次郎は本件家屋の南側に原告等の承諾を得て明渡の時には収去する約定で被告等主張の如き建物を新築した。このようにして被告神野清次郎が本件家屋につき為した改造築、造作等は被告等主張の如き別紙物件表記載の通りである。(但し同表中第三十、裏の間の畳は九畳である。)事実を認めることができ、証人神野実、同横田卯吉、同瀬古徳松(第二回)の各証言及び原告本人村上はつの(第二回)、同寺村庄八(第二、三回)、被告本人神野清次郎(第一乃至第三回)、同神野とめの各供述中右認定に反する部分はいずれも之を信用しない。又右認定を覆えすに足る証拠は他にない。右事実に徴すれば被告神野清次郎が本件家屋に為した別紙物件表記載の改造築、造作等については其の一部につき原告等の事前の承諾を、残部については事後に原告等の承諾があつたといわなければならない。

而して被告等が昭和二十四年十一月二十六日及び同二十七年四月一日の各口頭弁論期日に於て原告等に対し前段認定の別紙物件表記載の改造築、造作等全部につき其の買取請求権を行使した事は当裁判所に顕著な事実である。然し乍ら賃借人が賃貸借終了に際し賃貸人に対し買取請求権を行使しうる「造作」とは「建物に附加したる畳、建具等の造作」即ち建物使用上の便益を増す為に建物に施設し(但し建物の構成部分に属しない事。)その結果建物の客観的価値を増加させているものにして之を建物から分離することが経済上不利なるものをいうものと解すべきである。故に建物に施設したものとは認め難いもの、建物使用の便益の為に附加されたものとは云えないもの(例えば専ら借家人の個人的趣味や特殊の用法のみに適するものの如し。)及び建物の構成部分に属するものの如きは所謂「造作」とは解しえない。従つて前記認定の別紙物件表記載の改造築、造作等の中買取請求権行使の対象たりうる「造作」と解しうるのは玄関入口格子戸二本以下、同表に◎印をつけた諸物件であるに止まる次第である。

而して右認定の「造作の時価については鑑定人菱田三津彌の鑑定の結果を採用して金十五万八千四百六十円と認め(但し右鑑定中第十八杉柾硝子障子腰桐四本に関する鑑定の結果に照らして措信し難く右第十八の造作については検証の結果によれば別紙物件表記載の第八座敷杉柾障子と同様のものと認められるから右第十八の造作の時価は右八の造作に準じて金一万二千円と認定する。)」

右認定に反する証人神野実の証言及び被告本人神野清次郎の供述(第二、三回)並びに鑑定人石原修二、同川瀬幸一の各鑑定の結果はいずれも信用出来ない。他に右認定を覆えすに足る証拠はない。

然らば被告神野清次郎は原告等から右造作代金十五万八千四百六十円の支払を受ける迄本件家屋の明渡を拒絶する事ができるか否かの点につき判断すると、この点につき大審院は消極に解しているが然し乍ら大審院の見解の如く単に造作の引渡と造作代金の支払との間にのみ留置権の成立を認めるに止まる時は、買取請求権行使者である賃借人が留置権を主張し賃貸借契約終了した後も賃借家屋に居住する事は該家屋の不法占有となり、従つて右不利益を免れんが為には造作を該家屋より取り外して之を占有するの他はないが、該家屋から造作を取り外す事自体既に造作買取請求権制度の趣旨に反し之を有名無実たらしめ賃借人の保護に欠くるところがあるのみならず、借地法第四条、第十条と借家法第五条との解釈において大審院の見解の如く結論を異にすべき実質的理由が存しない。仍て造作代金と賃借家屋との間に牽連性を認め買取請求権行使者たる賃借人は賃貸人に対し造作代金の支払を受ける迄賃借家屋の明渡を拒絶する事ができると解するのを正当と信ずる。

原告等は被告神野清次郎が本件家屋を明渡す時には右造作を撤去して原状に回復すべき特約があつたと主張し前掲各証拠によれば、前段認定の如く之を認める事ができるが、右特約は借家法第五条に反し賃借人たる被告神野清次郎に不利であるから無効であるといわなければならない。又原告等は被告等の造作買取請求権の行使は信義誠実の原則に反し権利の濫用であると主張するが、証人瀬古徳松(第二回)の証言、被告本人神野清次郎(第一乃至第三回)の供述、鑑定人石原修二の鑑定の結果及び検証の結果を綜合すると、本件家屋は現在に於ては全く昔の面影をとどめる所が無い程に面目が一新され被告神野清次郎が為した造作はやや贅を尽し過ぎた感がないでもないが、然し乍ら被告神野清次郎が本件家屋に造作等を為した時機はあたかも戦時末期から戦後にかけての諸物資統制時代に続き闇横行時代であり、材料が容易に入手できなかつた為被告神野清次郎は止むを得ず、強制疎開に遭つたもと被告等居住の家屋の材料や商売上所持していた材料を使用し、自分の専門の技術を活用して相当丁寧綿密に造作等を為した事実及び被告神野清次郎が本件家屋に居住して之を改造中、原告寺村は訴外瀬古徳松に本件家屋を被告神野清次郎に対して売却する意思ある旨告げ、之を同訴外人から聞知した被告神野清次郎は同訴外人に之を買受ける旨述べると共に本件家屋に種々の改造築、造作等を為したが結局原告等の都合にて右売買の件は中絶した事実が認められる。右認定に反する原告本人村上はつの(第二回)、同寺村庄八(第二、三回)の各供述はいずれも之を措信しない。又右認定を左右するに足る証拠はない。右事実に徴すれば被告神野清次郎の為した造作は些かその度を超え不相当と認められるとは云え、原告等が改造中の本件家屋を被告神野清次郎に対し売却する旨申出でた事及び戦時中から戦後にかけての我国の経済状態並びに被告神野清次郎の前示立場に鑑みれば、被告神野清次郎の前記造作買取請求権の行使を以て信義誠実の原則に反し権利濫用であるという事はできない。

果して然らば被告神野清次郎は前記造作代金十五万八千四百六十円の支払を受けると引換えに本件家屋を原告等に明渡すべき義務を負うもので、換言すれば原告等は本件家屋の明渡を受けようとするならば原告等に於て右金の支払又は提供を為すべく、右支払又は提供のない限り被告神野清次郎は本件家屋の明渡を拒みうるといわなければならない。

最後に原告等の被告神野とめ、同神野清治に対する請求について按ずると、被告神野とめ、同神野清治が本件家屋に居住している事実及び被告等の身分関係はいずれも当事者間に争なく、被告本人神野清次郎(第一乃至第三回)の供述によると被告神野とめ、同神野清治はいずれも本件家屋の賃借人である被告神野清次郎の家族の一員として被告神野清次郎と共に本件家屋に居住している事実を認めることができる。右認定を左右するに足る証拠は他にない。然らば被告神野とめ、同神野清治はいずれも独立して本件家屋を占有しているものとは断じ得ないから、原告等の被告神野とめ、同神野清治に対し本件家屋の明渡を求める本訴請求は理由がない事明らかであるから棄却を免れない。

よつて原告等の被告等に対する本件家屋の明渡の本訴請求は右認定の限度に於て正当と認めて之を認容し、その他は失当として之を棄却し訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十二条第九十三条第一項を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 織田尚生)

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